企業社会 私たちが考えるもうひとつの視点

新しい産業社会を展望するビジネスパースンの視点から、仕事や政治経済にまつわる疑問、解決方向等をゆるいペースで綴っていきたいと思います。

社会保険料はコスト削減対象なのか

 「聖域なくあらゆるコストを削減せよ」「ゼロベースでコストを見直せ」…。経営管理部門や総務部から、このような指示を受けて、削減計画に頭を抱える管理職は多い。近年の日本企業では売上や収益を上げるよりもコストを下げることで利益を確保する経営管理が跋扈している。コスト削減になるならば何でもやるというような考え方が企業に蔓延している。

 コスト削減コンサルタントというビジネスがある。企業と顧問契約を結んで、様々なコスト削減策を指南する。人事部門にいる時にこんな提案があった。「賞与のうちの一定部分を月額手当として支払うことによって健康保険料や厚生年金保険料を削減できますよ。」「社会保険料が下がると手取りが増えるので社員の方にも喜ばれます。メリットを説明すれば、不満がでることはありません。」「名前は言えませんが、いくつかの有名企業に採用してもらっています。」

 ずいぶん前のことだし、かなりテクニカルなので詳細は思い出せないが、賞与のうちの業績に関わらず支給する部分、例えば夏季冬季各1か月分を、「賞与手当」と言う名の月額賃金項目を新設して支払い、しかも年のうち10か月は手当額1円とし、年に2回の賞与支給月に残り全額を支払う仕組みにすると保険料負担が減らせるのだという。毎月支払うことで賞与でない月例賃金になり、かつ半年に1度だけ額が突出することで、月額の保険料が抑えられるというのだ。

 当時アイデアとして検討対象に上がったが採用はしなかった。第一に、保険料負担を抑えると将来の厚生年金の受給額も減ることが考慮されていない。厚生年金を受給するのは、若い人なら十数年以上も先のことなので金額影響の算定は容易でないし、長生きするかしないかで影響が違うので不確定要素が多いがいずれにせよマイナスの影響になる。これをデメリットとして説明しないのは社員に対して不誠実だ。もう一つの問題は、社会保険制度は日本国民全員をメンバーとする相互扶助であることが忘れられていることだ。こんなテクニックを使えるのは、固定的な賞与が支払える比較的大きな企業に限られる。安定的な賞与がない中小企業や自営業者は使えない。違法ではないからと言って、大きな会社だけがこのような抜け道を使ってよいものだろうか。

 企業組織の中で、号令一下「あらゆる手段を尽くせ」と言われると何にでも飛びつきたくなる。しかし、理性を失ってはいけない。

 様々な課題はあるが、健康保険制度があるおかげで私たちは安心して医療にかかることができるし、厚生年金は老後資金のベース部分として織り込むことができる。いかに削減するかを考えるのでなく、いかにして持続可能な仕組みにするかを考えなければならない。そのためには、企業も個人も適正に応分の負担をすることと、長期的視点で制度を適正に運営する政治や行政の力が必要である。知恵を出す方向を誤ってはいけない。

(吽)